今年の大河ドラマが今日から始まりました。
『利家とまつ』
前田利家とその妻・まつを主人公にする物語だそうです。
今回の大河ドラマは制作発表の時からトレンディードラマのようなキャスティングで話題となりましたが、
個人的には佐々成政を山口祐一郎さんが演じるというのに大注目。
前田利家を中心に戦国時代を描くと羽柴秀吉と佐々成政にスポットライトが当たり、
織田信長の死後、秀吉が成り上がっていくのに対して、成政は非業の最期を遂げる。
時代の波に乗りきれなかった成政を山口さんがどのように演じるのかとても楽しみです。
さて、せっかくなので『前田利家』について。
前田利家は1537年、尾張国荒子村(愛知県名古屋市中川区荒子町)に、
前田利春の四男として生まれました。幼名は犬千代。
利家は1551年、15歳で織田信長に仕えます。
妻・まつと結婚したのは1558年、仲人は後の羽柴秀吉でありました。
しかし、1559年に同朋衆の十阿弥を斬り、信長の勘気を被り織田家を追放されます。
以降、浪人しながらも織田家から離れず、浪人として武勲を挙げ、1561年に帰参が許されます。
1568年、信長の名により前田家の長男・利久から家督を譲り受けます。
その後は1570年から11年に渡るの石山合戦、1575年の長篠の戦いなどで武勲を重ねます。
1575年に越前一向一揆を鎮圧した信長は、
前田利家、佐々成政、不破光治の三人に城を与え、加賀の統治を行わせた。
利家は柴田勝家の与力として、府中城(福井県武生市府中)を任され、33000石の大名となり、
1581年には利家は能登一国をまかされ、更に翌年には小丸山城(七尾市馬出町)を築きます。
しかし、1582年6月2日、本能寺の変によって織田家は跡目争いで紛糾します。
その最大のものが1583年に羽柴秀吉と柴田勝家が激突した賤ケ岳の戦いでした。
秀吉と勝家の両者と親しかった利家は当初、勝家側として戦ったが、最終的に秀吉に降りました。
その後、利家は嫡男・利長の領地と併せて加越能3カ国を与えられ、加賀100万石の礎を築きます。
以降、利家は上洛して、秀吉の側近としての生活が多くなる。
1590年、北条氏を攻める際には北部軍勢の総大将に任命されたが、
敵対した大名への処置の甘さが秀吉の勘気を被り、一時は謹慎を命ぜられた。
しかし、基本的に利家は秀吉の信任を受け、
1598年7月に五大老・五奉行制が敷かれた際には従二位前権大納言に就任される。
しかし、その1ヶ月後、秀吉は利家と徳川家康に後事を託してこの世を去る。
秀吉が没した翌年(1599年)、利家は秀吉の遺言に従い、幼い秀頼を伴って大坂城へ入城。
しかし、1599年閏3月3日、利家は63歳でこの世を去る。
その後、徳川家康が唯一の実力者となり、関ヶ原の合戦へと至る。
織田信長や羽柴秀吉、徳川家康などと違いトップに君臨するタイプではありませんでした。
しかし、戦国時代から織豊政権期を見事に生き抜いた武将であったことは間違いありません。
この路線が成功すると、今まで陽の当たらなかった人物が大河ドラマの主人公になれますね。 |