阪神・淡路大震災
---社会---




2000年1月17日、午前5時46分。
早いもので阪神・淡路大震災からもう5年が経過した。

5年前の1月17日のことも僕は良く覚えている。
5年前の1月17日の朝、僕は全身関節痛に襲われていた。

いわゆるインフルエンザ(^^;

午前5時30分頃に起きて這うように自宅一階のコタツへ潜り込む。
とりあえず、テレビを付けて体温計をくわえていました。

5時50分を過ぎた頃だったでしょうか。
テレビで地震速報が流れました。

京都で震度4とか5の大きな地震。
そーとー大きな地震があったという情報でした。

インフルエンザだったため記憶は曖昧なのですが、
朝のテレビ番組は軒並み放送を一部変更してお届けしていたし、
僕が朝見ている日本テレビでも、
京都に住んでいるアナウンサーが 自宅から電話で状況を伝えるなど、
一躍、地震がトップニュースとなりました。

6時30分頃から報道が緊迫しはじめます。
地震の情報はどんどん悪い方向へ進んでいきます。
6時台前半のニュースでは全く名前があがらなかった、
兵庫県で大きな被害が出ているという情報が届き始めたのです。

地震発生から約45分。
正確な情報は全く把握できていなかったのがホントのところだったのでしょう。

その日からインフルエンザで休んだ1週間、
テレビは阪神・淡路大震災の被害状況を時々刻々と伝えていました。
そのため、阪神・淡路大震災の事は良く覚えています。

あれから五年。
ピーク時には4万7911世帯にのぼった仮設住宅も、
今月14日で役目を終えた。

しかし、復興はまだまだこれからなのでしょう。
『もう五年』であると同時に『まだ5年』であることを、
忘れてはいけないように思います。


(2000年1月17日)


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