| 『保守本流』 本日、『100年後の歴史小説』のアクセス数が 12000を突破いたしました(^^) 皆様方のご愛顧のおかげと感謝、感謝でございます。 ついに12000アクセスですねぇ〜〜(@@) 順調、順調(^o^) これからもコンテンツの充実に励んで参りますので、 ご指導・ご鞭撻の方、よろしくお願いいたします(^^) 今回は『保守本流』という話。 日本の戦後政治は基本的に自民党が支配してきました。 自民党が結成されたのが1955年。 それ以前は自由党の政権が長かった訳です。 その自由党の総裁・吉田茂は戦後の大宰相。 戦後の復興の歴史は吉田茂を抜きに論じることは出来ません。 この吉田茂の系譜につながるグループを『保守本流』と呼ぶことがあります。 いわゆる自由党吉田派の系譜にあてはまる派閥をさします。 自由党の吉田派は、自民党結党時に佐藤派と池田派に分裂。 以降、池田派と佐藤派が『保守本流』と呼ばれます。 両派の内、先に総理大臣を輩出したのは池田派。 池田派の領袖・池田勇人は岸信介が安保闘争に倒れた後、首相に。 所得倍増計画を掲げ、病気で引退するまで政権を維持しました。 一方の佐藤派は領袖・佐藤栄作は池田勇人の跡を継ぐ形で政権へ。 周知の如く、戦後最長の在任期間を記録しました。 それ以降、池田派の系譜を次ぐ派閥の領袖は前尾繁三郎を除き、 大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一らが総理・総裁となってきました。 領袖以外にも河野洋平が総裁に就任していました。 佐藤派も負けず劣らず、田中角栄、竹下登、 そして当代の小渕恵三が総理・総裁となり、 領袖以外にも橋本龍太郎が総理・総裁が就任しました。 何故、『保守本流』 の話したかといえば、 保守本流の2つの派閥が対立を強めているから。 両派の領袖、当代は小渕恵三と加藤紘一。 最近、加藤紘一は小渕内閣への批判を強めている。 そもそも小渕再選時から厳しく政策批判、自自公批判を繰り返していた。 今年、衆議院総選挙を控えて、ポスト小渕の攻防が始まっている。 小渕首相に恭順していては選挙に敗れた時、次を狙いづらい。 前回の総裁選挙以降、加藤派は冷遇された。 このまま小渕支持を表明して、総選挙に敗れた場合、 優先順位としては小渕再選を支持していた森幹事長が政権に一番近い。 批判していれば、責任を追及して政権を手中に出来るかもしれない。 この加藤紘一の自自公批判はそのまま小渕後への立候補。 これは悪いことではない。 政治家たる者、おかしな事には異議を唱えて当然。 しかし、総主流派体制を望む小渕政権には目障りだろうが(^^; (敬称略) (2000年1月9日) ▼▼ Return ▼▼
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